
|
率は77パーセント、高齢化率も18.5パーセントと高く、高齢化率25パーセント以上になる市町村は33にも達している代表的な過疎県である。 (b)県内の地方分権 地方分権の受け皿づくりという観点から、大分県ではその先取りを試みた。以下に、当時の地方課長にそのいきさつを語らせてみよう。「平成6年の正月明けに県庁の中に関係課長を構成員とする委員会(人事課長をキャップとした「権限移譲等検討専門委員会」−引用者)を作りまして、県の立場からどういう権限が移譲できるのかということを検討しました。これと平行して地方課サイドから、市町村の関係課長をメンバーとする合同委員会をつくりまして、逆に市町村からどういう事務を要望するのか、どういう事務だったらできるのか、ということを細かく吸い上げ、県分と市町村分とをすり合わせをし、うまくいけそうな分についてだけピックアップしたわけです。あくまで両者合意の基本のもとでできたのが、24項目・343事務で、これを平成7年か3ヵ年で移譲することになったなったわけであります」6)。 このように大分県では、国における分権動向に先駆けて、規制緩和や事務改善と並んで、市町村への権限移譲を積極的に行っている。その内容は、表2−2の通りであるが、一律的な権限の移譲ではなく、自治体の規模や地域の状況にあった形で移譲先が分けられていることに特徴がある。 (2)大野広域連合成立の背景 (a)広域連合設立の背景 大分県で広域連合が設立された背景として、まずあげなければならないのは、先に示した県の方針である<分権の受け皿>の形成であり、県の市町村に対する権限移譲である。こうした試みがされているのは、平松知事が積極的な分権論者であって、道州制に近い「九州府構想」を持論として展開していることとも無縁ではない。その構想は、直ぐには分権ができないから、まず各ブロックにある国の出先機関を1つにまとめて中央省庁の権限を「九州府」に下ろす。そこに長官を置き、長官を中心に知事の合議機関と九州議会を作って、広域的な事務を処理するという内容である。おそらくこうした発想の延長線上に、広域連合を活用しようとしたことは十分考えられる。
前ページ 目次へ 次ページ
|

|